いきなりですが、問答の続きです。
先週が最終回でしたので、良かったらついでに皆さんも読んでやってくださいまし。
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貯徳旦那のありがとう人生道や 如何
まだ分かりません。
が、想像してみました。
与え、譲り、語りかけ、分かち合う。
それらはいつも、まごころとともに、愛とともに。
心がいつも感謝の気持ちで満たされ、
自分がもっともっと好きになる人生。
ウ〜ム、自分にとっては
もうぜ〜んぜんまだまだ先のことのような気が、、、
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出合う人が 希望に輝いてくる
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わくわくの貯徳旦那の人生道は 和平の経験で申しますと
自分がそうだと、
やはりそういう人を呼ぶのでしょうか。
ツキがツキを呼ぶ
と言いますが、
本人がワクワクしていると、周りの人たちもまた
「なになに、何がそんなにワクワクさせるワケ〜?!」
と、ついつい気になりますもんね。
ところで、
その時その時によって、
自分の周りの人たちもまた
変わっていっても良いのでしょうか?
その人自身が内面的に変わるのではなくて、
人自体が別の違う人に変わっていくとか、本当にOK?!?
それが親とか子供とか、配偶者とかでもアリでしょうか?
親や子供は適当な年齢になると自然と距離が保たれますが、
配偶者とかって、考え方が違うとか、価値観が違ったとか、
ケッコンしてみたら相性がイマニだったとかゆう理由で、
変わって(変えて)いくのってどうなんでしょう?
何かを良くしていきたい、
変えたい、変わりたいと思った時、
いつも一番近くにいる配偶者が
「そんなことよりさっさと風呂に入って」
とか、 「エラそうなことを言う前に、ここ早く片付けて」
みたいなリアクションだと、
はっきり言って、ヤル気、削がれませんか?
イエイエ、やっぱりヒトのせいにはしてはイケナイと、
ちゃんと風呂にも入り、掃除洗濯片付けもし、
人は人、自分は自分で、自ら何か(仕事でも何でも構いません)に
真剣に真剣に深く深く取り組んでいき、ある時、ふと気がついたら、
お互い目指すところが全然違っていたとか、、、
どこかで何らかの見返りを期待しているのかもしれません。
それでも、新しい何かを発見した時、体感した時、
それを一緒に喜び合いたい、分かち合いたいと思った時、
なんだかいつもシラケている人が、
もしもあなたの配偶者だとしたら?!? 困った時の神頼みとでも思われているのでしょうか。
タンスの上に神棚を勝手に作り、神嘗祭だからと
お酒を捧げ塩を盛り、秋の初物をお供えをしたのは僕です。
でも、そんなところに洗濯物が置かれていても、
腹を立てたりしてはイケナイのでしょうか?
気がついた自分が、そんな洗濯物くらい
どかせばそれで済むだけのことですかね。
そんなんでも、一緒にいたら
いつか何か良いコトありますかね?
それとも一緒にいるとはいえ、
実はそれは見た目だけってコトですか?
せっかくの人生、
自分をもっと磨きたいとか、
魂のレベルを高めたいとか切磋琢磨しているつもりでも、
そのテのことには興味のない配偶者からすれば、
ただの独りよがりにしか見えないのかなぁ?
それとも本当に
ただの自己満足でしかないのでしょうか?
もしくは、
配偶者に認めてもらう以前の問題として、
何か義務とか資格とかが必要なのでしょうか?
妻として、夫として、親として、主として、
もしもその何かを満たしていなかったとしたら、
もしもその何かが守れきれなかったとしたら、
その時点でもう自分は永久永遠に失格ってこと?
とかなんとか、
そういう風に思えてしまう自分には、
まだまだまごころが足りないとか?
全然愛で満たされていないとか?
他人と分かち合う前に、まずは身内とワクワク?
自分がワクワクしながら真剣に取り組んでいれば、
いつかは配偶者までもがワクワク?!
(って、だいたいいつくらいになりそうでしょうか?!?)
なんだか夢のまた夢、
そのまた夢のような話です、、、
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市場経済の中で長年に亘り 智と信を学び 力を蓄え
サラッと書かれていますが、
それはそれは様々なことを体得されて
いらっしゃるのだろうと思います。
とても重みのある一行に感じました。
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そこにありがとう100万遍が加わって
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貯徳旦那人生道が拓かれました
ありがとう100万遍は、
須藤元気さんが「オーラの泉」で話していたのを聞いて
初めて知りました。良いですよね、ありがとう100万回。
1日に1,000回言っても1,000日(3年!)かかりますからねぇ。
100万回、大した数です。
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智徳力とありがとうが 入道覚悟のようです
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世のため 人のため 貯徳旦那のありがとう道は
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すべてが喜び 守り 道を照らしてくれる
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感動の花道です 第6題で
無理なく 無駄なく 美しく
天とわくわくありがとうの まごころが
智徳であり 智徳の経営が 喜びや楽しみを
創造してくれるのですね
とありましたよね。
自分でもぐたぐた書いた割には
まったく覚えていなかったりするのは、
やはりムリしてムダばかりで美しくない(洗練されていない)からかも。
あとであらためてすべての問答を読み返してみようと思います。
あと、ありがとう100万遍。
ちゃんとやってみようかな。
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この道を志す人と賛同する人々によって
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まもなく 貯徳時代が明けて来ます
近くにいる人ととも、
ともに明けて来るといいのになぁ、、、
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さぁ 問答で 道を照らし
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無理なく 無駄なく 美しく
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天とわくわく ありがとうで
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新しい人生道を 共に歩みましょう
最後なので、
自分なりにまとめてみました。
貯徳旦那のありがとう人生道は、
問答で人の道を照らし、
ムリなくムダなく美しく、
天とワクワク真心で、
有り難うと感謝すること。
そうすることで智徳を高め、
自ら展開する智徳の経営が、
喜びや楽しみを創造する。
なんだかとにかく楽しそうです。
(Taka)
っつぅことで、次回の貯徳問答講は、12月6日(木曜日)からスタートする予定です。現在、講生を募集中です。申し込みの締め切りは、11月8日(木曜日)です。
貯徳問答講
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